代表者プロフィール

桑野真浩(くわの まさひろ)

社会保険労務士 桑野真浩
株式会社戦略人事研究所 代表取締役
大阪社労士事務所 所長

昭和38年12月 大阪府生まれ
大阪府の箕面市立南小学校、第三中学校、府立箕面高校、大阪工業大学工学部建築学科(中退)後、防衛庁(当時、現防衛省)、農林水産省、鎌田特許事務所にて勤務
平成 6年11月 社会保険労務士試験合格
平成 7年 6月 社会保険労務士登録
平成 7年 8月 桑野社会保険労務士事務所開業
平成13年 3月 大阪社労士事務所として移転、事務所名変更
平成19年 1月 特定社会保険労務士付記
平成19年 4月 株式会社戦略人事研究所を設立、取締役に就任
平成27年 4月 ITコーディネータ登録
現在に至る

開業後の経歴

現在の主な所属・役職等

  • 大阪府社会保険労務士会大阪西支部 幹事
  • 自然総研 労務担当アドバイザー(池田泉州銀行のシンクタンク)
  • 社労士開業予備校 講師

歴任

  • 箕面市国民年金相談員
  • 豊能支部年金相談員
  • 豊中市労働相談員
  • 大阪府中小企業支援センター登録アドバイザー
  • 箕面商工会議所青年部財務理事・監事
  • 納税協会連合会総務管理者養成講座 講師
  • 士CLUB 幹事(事務局 大阪商工会議所中央支部)
    他、相談員・講師等多数

開業してから

開業前に、ある財団法人主催の開業講座を受講。
そこで開業の決心を固める。

なぜなら、講師の先生方の「お客さんは意外と簡単にできます」と言う言葉を信じました。

開業本も信じました。「DMは千三つだから数を打て」、3000通出せば9件の業務依頼があるはずでした。

しかし、出せども出せども、ダメ。開業1年半後の平成9年度には年金相談員を始めました。もともと無い(!)プライドがズタズタになりました。

社会保険労務士の売上と相談員の給与を合わせ、400万円、実際の手取りは半分以下でした。丁度平成10年に結婚したこともあり、平成11年3月末で年金相談員を辞め、開業一本でやるぞと決意。

やる気を出して、チラシ作りやホームページ作り、異業種交流会に出ていると助けてくれる人がいる。
損得勘定抜きに、そんなやる気を出した自分を助けてくれる人のための頑張っていると、紹介も増え、運も付いてくる。

それから2年後の平成13年3月には、念願の事務所移転、大阪社労士事務所へと名称も変更しました。

なぜ、社会保険労務士の開業講座?

他のページにも書いていますが、私と同じ失敗や回り道をして欲しくないからです。ただそれだけ。(イヤなことを言う人も多いですが)

自分がやっている商売を「食えない」と言われて嬉しいわけがないですわ。あと、質問に答えたり、資料を渡しても、「ありがとう」を言わない同業者、つまり社会保険労務士が多すぎます。

私を信頼して、お金を払ってくださった方のためには、一生懸命アドバイスをします。
社会保険労務士の業務自体も同じだと思いますし。
何事も無料では、「信頼」されていないのです。

他の社会保険労務士の先生で後を引き継いでやっていただける方がいるのなら、お願いしたいですし、社会保険労務士会で本格的な開業者研修をするなら、そちらのサポートをするなり、社労士開業予備校の廃止もあります。

何年もやってこれたのは、受講修了者の温かい声援と後押しがあったからだと思います。

代表者プライベート

  • 趣味:
    食べること(C級か…)、飲むこと、映画鑑賞、歩くこと、ボウリング、ママチャリサイクリング、某梅田のスポーツジムで汗を流すこと、最近出来ない献血、等々
  • 占い用データ:
    AB型 RH+ 射手座
  • 性格(自己分析):
    大胆かつ細心(アバウトかつ几帳面)
  • 社会保険労務士を目指したきっかけ:
    直接は、TVドラマ「都合のいい女」の最終話の風間杜夫さん演じるタクシー運転手のセリフ(記憶違いなら、ご指摘願います)。間接的には、自分自身に受験資格があるのを知ったこと。自分にとっては弁理士試験合格には、ほど遠いと悟ったこと。
  • 出没場所
    見かけましたら、声を掛けていただければ幸いです。
    • 大阪市西区西本町1丁目から2丁目にかけて
    • スーパーライフ靭店、土佐堀店、西大橋店、難波店
    • イオン大阪ドーム店
    • 船場センタービル10号館1階(ダイソー)
    • 社会保険労務士会の研修会場(必須研修はほぼ出ています)、大阪西支部の研修会場
    • 紀伊國屋書店阪急三番街店、ジュンク堂書店難波店



2015-11-03 (火) 11:33:31更新
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